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2017年 08月 15日

【発表!】



お待たせしました!




『第6回 大・文化祭SPECIAL

25周年だヨ! 雷撃!!(や)すしざんまい!!! ~





At      GINZA Sola

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Date    20171015日(日)


Time    一部 open 1400  start 1500

     二部 open 1730  start 18:30


    (
入れ替え制)



Charge  


 【予約料金】 一部・二部とも 各¥ 6000- (税込)+

(要)1ドリンクオーダー

              
              通し料金 
11000-(税込)+

(要)一部・二部各1ドリンクオーダー


 
 【当日料金】 一部・二部とも 各¥6500-(税込)+

(要)1ドリンクオーダー


    ※必ずしも当日入場を保証するものではありません


☆ 今回は「事前入金予約制」とさせていただきます。 

  入金方法その他は本欄にて後日お知らせいたします。



☆ 自由席ではありません。予約確定順にお席を決め

させていただきます。




☆ 
予約受付開始は、828日(月)より 


   11
001900で受け付け

☆ 予約電話 

    07014699381



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# by simplex-YN | 2017-08-15 18:33
2017年 07月 18日

【決定!第6弾】

2017年10月15日(日)
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# by simplex-YN | 2017-07-18 19:43
2017年 07月 06日

【昨日の豪雨災害に見舞われたみなさまへ】

昨日(7月5日)、九州北部福岡県・大分県にまたがる地域に降った記録的な豪雨による災害に逢われたみなさまに心よりお見舞い申し上げます。
降水による洪水、あるいは土砂災害の犠牲となられた方のご冥福をお祈りいたしますとともに、現時点で所在確認ができない方が多数いらっしゃるとのこと、一刻も早く生還の確認ができますようお祈り申し上げます。

現在(6日午後2時過ぎ)、現地の天候は小康状態のようですが、既に土壌が大量の水を含んだ状態であり、がけ崩れの恐れが多分にあると思われますので、危険な地域からは速やかに離れてください。
また、絶対に河川の側には近寄らないようくれぐれもご注意ください。

取り急ぎ


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# by simplex-YN | 2017-07-06 14:50
2017年 07月 03日

【梅雨だから梅酒を作ろう】

ハイこんにちは。

梅雨になっております。

イヤですね。

ジメジメして。でもまぁ「生まれ月」なもんで、そんなに邪険にしちゃやーよ、ということで、雨の日でも楽しく過ごす方法をあれこれ考えたりします。

まあ第1はやっぱり「読書」ですね。
これは別に一年365日、やろうと思えばいつでもどこでもできるわけですが、雨音を聞きながら本を読む、というのもなかなかオツなもんです。
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最近だと島田荘司の「占星術殺人事件」というのを、実に30数年ぶり(!)押入れの奥から発見し、読み始めたらこれが面白くて、一気に5時間ほどで読み切ってしまったのですが、後で調べてみたらこの作品が島田氏のデビュー作らしく、僕が持っているのはその初版本で、何か独特の引っ掛かりのある文体が気になって初読当時はたいして面白く感じなかったのを覚えているのですが、何とこの作品はその後日本国内よりも海外でものすごく高く評価され、近年では欧米の各国で「オールタイム・ベスト・ミステリー」のランキング上位の常連に数えられるほどの大傑作と評価されているのだそうです。

30数年前の僕は、どちらかと言えば松本清張とか森村誠一とかの「社会派ミステリー」のファンだったので、彼の作品の世界観にイマイチ乗れなかったんでしょうか。
だいたい名探偵の名前が
「御手洗 潔(みたらい きよし)」っていうのも、当時は何かフザケてる、というかちょっとニオう、というか、とにかくあんまり魅力を感じませんでした。

で、今読みかえしてみると、確かに処女作ゆえの気負った感じというか硬さが目立つのですが、何と言ってもそのメイントリック(再読する時点で全く忘れていた)の雄大かつ独創的なことに目を見張りました。
やっぱり、二十歳そこそこのにーちゃんと、50半ばのおっさんじゃあ、読後感まで違うんですねぇ。

これ、なにしろ内容がミステリなんでここに書くわけにもいかず、もし未読の方がいらっしゃったら、是非一度読んでみてください。
「改訂版」が出て、かなり読みやすくなってるそうですから。

「占星術」以降、島田氏は数々のミステリー作品を発表していますが、近年の特徴として物凄い大長編になる傾向があり、特に「龍臥亭事件」なんていう作品は新書版上下巻で1000ページ以上あり、更に続編の「龍臥亭幻想」まで合わせるともう「コロコロコミック」みたいな分厚さになってしまって、なかなか読破できない作家のひとりに上げられているそうです。
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さて、梅雨時の楽しみ第2は、毎年恒例「梅酒作り」です。
これはこの時期ならではの「年中行事」ですね。
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で、3年前に作ったのが飲み頃なんで、さっそく試飲。
う~ん、良い加減。
中身をペットボトルに移して新しい「仕込み」に入ります。

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こうやってキャップに「梅」って書いとかなきゃ、ウーロン茶と間違えて「イッキ飲み」したらえらい事ですからね。
これくらいは約ひと月でキレイに飲んじゃいます。

今年は、ブランデーを使った梅酒を作りました。
6月中旬の良き日、近所のスーパーで梅1kgを買い求め、同じくブランデー(安物)3本と氷砂糖(去年のあまり)にて作成。

行程は特に変わったことしてないんで割愛。
こだわりとしてはあまり砂糖を入れず、ブランデーと梅の味を前面に出そうというコンセプトです。
オトナの味ってことね。

これがまた、読書にピッタリ合うんですよ。ロックも炭酸割も。
一緒によーく漬かった梅をカリカリやるのも、この季節の醍醐味です。

さて、この季節の楽しみの第3番目、これは言っていいもんか、言っちゃおう。
「雨の中を歩く」です。
梅雨も後半になってくると、豪雨になったりすることがあるんですが、幸い僕の住むあたりはあまり災害に見舞われる心配がないもので、本日は大雨、と聞くと、用もないのに合羽を着て雨の中に出ていきます。
ま散歩ですね。
最近は日本の雨というのもだんだん「スコール」化してきてるようで、トタン屋根なんかが雨粒の勢いでひん曲がったりするくらいの雨がたまに降ります。
普段見る街の景色とはまったくちがう「世界」がそこにはあります。
公園なんかも、だーれもいなくて、ベンチ、子供が乗り捨てた三輪車、砂場、ブランコ、滑り台、そういうものが煙るようなしぶきに霞んで、いつも見てるはずの風景が全く違うものに見えてくるのです。

あとこれは滅多にやりませんが、そこで裸足になって、濡れた土の感触を足に感じてみたりする事もあります。
合羽なんか着てても、ある程度以上の大雨だとどうせびしょ濡れになるので、シャツ一になって雨に打たれてると、まあたいがいの悩み事は忘れちゃいます。
多少大きな声出したってなに、だーれも見てませんから。

人間、たまにはバカをやらないと、神経が持ちませんからね。

これがなぜこの時期限定か、というと、まず春までは寒くてできません。
5月は晴れが多く、6月前半の雨は弱い。そして8月末からは「台風シーズン」になってしまいます。
風が強いと葉っぱは飛ぶし、いろんなものが飛んできます。
この時期(6月下旬~7月半ば)の、雨量は多いが風はあまり吹かない、これがいいんです。
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って、別にお勧めしてませんので念のため。
それと、絶対に川の付近に行っちゃダメですよ。

以上、梅雨時の過ごし方でした。









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# by simplex-YN | 2017-07-03 00:20
2017年 06月 13日

【横浜は今日も晴れだった。わ・わ・わ・わぁー・・・って、あれ?】

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みなとみらい線「日本大通り」駅下車すぐの「横浜開港記念館」です。
だいぶ前、ピアニストの光田健一さんとここで「二人ライブ」をやったことがあります。
すごーく趣きのあるホールだったなぁ。
「ジャックの塔」と呼ばれているそうです。

設計は、おなじみ辰野金・・・ではなく、「辰野式フリークラシック」という、金ちゃん流の意匠を福田重義、山田七五郎という若手(金ちゃんから見て)の建築士が行いました。


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その斜め向かいには「神奈川県庁」の本庁舎がそびえ立っていますが、その昔、開港直後の時代にはここに「神奈川運上所」がありました。こんにちでいう税関ですね。まだ江戸時代の話です。
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当時、「横浜」って地名自体がまだまだ「どマイナー」だったので、メジャーな「神奈川」運上所という名前だったんですね。
この場所を境にして、東側(上図左側)に外国人居留地がつくられたそうです。
始めは日本式の陣屋であったものが1866年10月12日に関内大火(豚屋火事)で焼失し、石造りのモダンな2階建てとなり、名称も「横浜」役所と変わり、明治維新を経て1872年(明治5年)に「横浜税関」となります。
後ここには「神奈川県庁」がおかれ、それが関東大震災(1923年・大正12年)で倒壊したため、5年後に新庁舎として建造されました。
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当時流行の「帝冠様式」と呼ばれる、完全左右対称(シンメトリー)の、ややイカメシイ感じの建物ですが、その堂々としたたたずまいから「キングの塔」とも呼ばれています。
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そしてそして、移転した「横浜税関」はやはり関東大震災で焼失し、昭和9年(1934年)に現在の建物となりました。
その丸みを帯びた優雅な姿から、「クイーンの塔」と呼ばれています。

実はここ、税関で押収した密輸拳銃や麻薬、ワシントン条約で輸出入禁止となっている希少動物のはく製なんかのサンプルを展示していたり、高級ブランド品のニセモノ(いわゆるパチモン)の展示があって一度行きたかったんですが、今回は涙目で断念。

で、神奈川県庁の向かいの「横浜開港資料館」に行ってきました。
この場所こそは、かのマシュー・ガルブレイス・ペリー提督が、1854年に上陸して「日米和親条約(神奈川条約)」を徳川幕府と結んだ場所なのです。
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この建物は、もとイギリス領事館として使われていました。(1931年・昭和6年建造)
ここでは幕末から昭和初期までの、横浜に関する貴重な歴史資料を見る事ができます。
入館料おとな200円。安っ!

しかも、実はここの本当の「歴史遺物」は「タダ」で見る事ができるのです!(大きな声じゃあいえませんが)
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それは、この珍しい「コリント様式」の柱、ではなく、

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日本初といわれる西洋式水道の「獅子頭共用栓」でもなくて、中庭に生えるただ1本の木なのです。
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何ということでしょう!この木は、あの有名な「ペリー上陸の図」に描かれている木、そのものなのであります。
「玉楠の木」と呼ばれています。


ほれ、この絵の

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ここっすよ!この木。

残念ながら関東大震災でその幹は焼失したのですが、根は健在で、のちに新しい幹が生えてきて、現在に至るそうです。
その後の戦災にも耐え(これはイギリス領事館内だったので無事でした)て、まさしく開港から今日までの横浜の160年余りを見つめ続ける「生き証人」なのです。
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で、赤レンガ倉庫なんですが、まこれはこの前やったから軽く流すと、う~ん、これホントに「倉庫」だったんかい、唸りたくなるほど、細部の意匠に至るまで妥協なく作られていて、まさか妻木大先生、100年後にショッピングモールになるのを知ってて作ったんじゃあ、と疑うほどの出来栄え。

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だってさ、何でただの倉庫にこんなお洒落な「テラス」がいるわけ?しかもこの部分だけ「鉄筋コンクリート造」なんですよ!

この日は梅雨入りしたとは思えない爽やかな快晴で、3階テラスからの眺めなんかもうサイコーでしたよ。

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でも、僕は見つけてしまった。

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外壁のそこここに、修復し切れない機銃掃射の生々しい傷跡を。

大戦末期、ここは軍に接収され、軍需物資の集積場として使われたのです。
また、戦後は占領軍の補給基地となり、朝鮮戦争(1950年)の頃にはここから大量の武器弾薬が送り出されたのでした。
「赤レンガ倉庫」もまた、激動の横浜を生き抜いた「証人」だったのです。


最後に。

ここで見てきた建物は、明治・大正・昭和の時代にわたり、それぞれの時代を代表する建築家と、名もなき多くの技術者・労働者によって築かれた「歴史のモニュメント」であると同時に、200年余りの鎖国状態から一気にたたき起こされ、気づけば絶望的なまでに開いていた西欧列強との「差」を、何とかして埋めようと奮戦した「闘いの記録」でもあるのです。

開国したばかりの日本、大震災に打ちのめされた日本、戦災で何もかも失った日本にとって、新しくこれらの建物をつくることは、恐らく今日でいえば「東京ドーム」や「スカイツリー」を作ることよりもはるかに困難だったことでしょう。
その資金の多くは公債すなわち「未来からの借金」です。
将来これらの建物が、必ずや大きく繁栄する横浜のシンボルとなるに違いない。
だからこそ彼らは、大げさに言えば「飲まず食わず」でも、これらを作る事ができたのです。

現実に100年後のいま、これらの建物はもはや他に替えるもののない、貴重な横浜の、いや日本の、人類の財産になっているのです。

我々は、日々の暮らしのなかで、ついつい「ムダ」をきらい「コスパ(コストパフォーマンス)」を意識することがスマートで正しい道だと考えがちです。

しかしその結果、本来使うべきところまで削ることが「スマートで正しい」ことだ、と考えてしまっているのではないでしょうか。
もしも100年前の人々が「コスパ」だけを考えて生きていたら、今の横浜もずいぶん違った景色だったのではないでしょうか。

前にも書きましたが、「赤レンガ倉庫」がまだ廃墟どうぜんだったころ、「コスパ」だけで建てられたビルは今では何の変哲もない「中古ビル」でしかありません。
けれど、妻木頼黄が、その才能のすべてを注いで設計した「赤レンガ倉庫」は、いまでは横浜の「新しいシンボル」として不死鳥のようによみがえっているのです。


約50年ぶりの「東京オリンピック」を目の前にして、「赤レンガ倉庫」をはじめ「横浜のレジェンド」たちは今、とても重要なメッセージを送ってくれている気がします。




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# by simplex-YN | 2017-06-13 01:56